
この本について
最近、誰かの行動が「理解できない」と感じたときに、つい相手の性格や育ちのせいにしてしまうことがあります。でも本当は、自分と相手のあいだにある“関係そのもの”がややこしさを生んでいるんじゃないか……そんな感覚を持っている人も多いと思います。僕もその一人で、うまく言語化できないまま同じところを堂々巡りしていました。 斎藤環さんの『思春期ポストモダン』は、そのモヤモヤを少しだけ別の角度から見せてくれます。たとえば、本人は“ほぼ健常”なのに関係の配置によって病理が立ち上がってしまうという「病因論的ドライブ」の話。あるいは、若者の問題行動を処罰ではなく親子の“セットの作業”として扱うことでシステム自体を揺らし、よりいい形に再安定させるというエリクソンの例。こういう視点に触れると、「誰が悪いか」より前に、「どういう構造の中でそうなっているか」を考える余地が生まれます。自分の関わり方もほんの少し調整できる感じがあるんです。 もうひとつ、この本が効いたのは、「正常/異常」という分け方そのものがあまり意味を持たないという指摘でした。人間みなビョーキ、というラカン派の逆説的な考え方に触れると、あの線引きに振り回される感じがだいぶ薄まります。成熟よりも適応が重視される時代に、自分の反応の揺らぎを無理に矯正しようとしなくてもいいのかもしれない、と肩の力が抜けました。 相手との距離感にずっと悩んでいる人や、「関係がこじれる理由がどうも説明しきれない」と感じている人には、静かに刺さる本だと思います。
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