
ハンチバック (文春文庫)
市川 沙央
文藝春秋 / 2025-10-07
この本について
ときどき、自分が当たり前と思ってきた世界のほうが実は偏っているんじゃないか、と不意にざわつくことがあります。読書が好きで、本に救われてきたつもりなのに、その文化自体が誰かを排除しているかもしれない、と考え始めると足が止まる。けれど自分には当事者として語れるものがないから、ただモヤモヤを抱えたままになることも多いです。 『ハンチバック』を読んで強烈だったのは、その「自分が見えていなかった位置」を突きつけられる感じでした。紙の本を読むことがどれだけの条件を要求しているのかとか、生きるために身体が壊れていくとはどういう実感なのかとか、想像では届かない領域を、著者が具体的な身体感覚として差し出してくる。綺麗ごとにしないのに、ただ怒りを投げつけているわけでもなく、読者が受け止められるぎりぎりのラインで言葉が置かれているのがすごいです。特に「生きるために壊れる」というフレーズは、読後もしばらく頭から離れませんでした。 もう一つ効いたのは、著者が「自分だって迷って揺れている」ことを隠していないところです。強い言葉を書いたことでうろたえる姿や、隣人の生き方に追いつけない自分を正直に語る姿に、こちらの身勝手な想像が少しずつ剥がされていく感覚がありました。だからこそ、この本は障害やマイノリティについての“正しい知識”を得るための本というより、自分が無自覚に寄りかかっていた前提をいったん外してみるための本なんだと思います。 自分の「当たり前」が他の誰かを苦しめているかもしれない、と感じたことのある人には特に刺さる一冊でした。
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