
この本について
人づきあいの場にいると、ときどき説明のつかない違和感にぶつかることがあります。表面上は穏やかにやり取りできているのに、どこか落ち着かない。自分の勘が過敏なのか、それとも本当に何か“ズレている”のか。その境目がわからず、モヤモヤだけが積みあがっていくような感覚です。 『森に眠る魚』を読んでいて、保存されていた抜粋がどれも「違和感を見てしまった瞬間」に集中しているのが印象的でした。鍵つきの引き出し、人形の首がまとめて置かれている描写、完璧に整えられた冷蔵庫に触れたときのざらっとした心の反応。こういう“言葉にしづらい気配”を、角田光代さんは無理に説明しないまま描くので、自分の生活で思い当たる場面がふっと浮かんできます。 この物語が効くのは、登場人物が特別に悪い人として描かれるわけではなく、むしろどこにでもいる母親や子どもたちが、少しずつ歯車をずらしながら日常を続けていくところです。違和感を抱えたまま相手の家を訪れてしまう感じや、帰り道だけ妙に体が軽くなるあの感覚は、経験がある人ほど刺さると思います。自分が感じていた不穏さに、「あ、あれってこういう種類のものだったのかも」と輪郭が与えられるような読後感があります。 特に、人間関係の中で自分の勘を疑いがちな人や、子ども同士の関係に親としてどう向き合えばいいか揺れる人には、静かに効く一冊だと思います。
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