
悪人 新装版 (朝日文庫)
吉田 修一
株式会社朝日新聞出版 / 2018-07-06
この本について
人と関わっていると、ときどき「どうしてこの人は平気でこんなことができるんだろう」という場面にぶつかりますよね。悲しみに鈍感な人、軽い噓で他人を振り回す人、分かったような顔で決めつけてくる人。こちらが戸惑っているあいだに、世界だけがどんどん進んでいく感じがあって、気持ちの置き場がなくなるときがあります。 『悪人』の抜粋を読んでいると、保存されているのはまさに「分からなさ」にぶつかった瞬間ばかりでした。人の悲しみを笑う人間に直面したときの空虚さや、自分の人生を誰かに丸投げしたい気持ちに飲まれていく弱さ、あるいは噓と本音が混ざり合い、自分で自分を見失っていく感覚。そのどれもが大げさなドラマではなく、日常の延長線にある怖さとして描かれています。読んでいると、自分の中にも似た影があることに気づかされるんですよね。 この小説が効くのは、人間の“理解不能さ”に疲れているときです。例えば、誰かの言動に振り回されて「自分がおかしいのか?」と立ち止まってしまったとき、人はこんなふうに曖昧で、矛盾だらけで、弱さの形もバラバラなんだと、少しだけ落ち着ける。あるいは、誰かの選択を安易にジャッジしてしまいそうになったとき、その背景にある孤独や行き場のなさが想像できるようになる。自分の“正しさ”が揺らぐというより、人を見る視点がひとつ増える感じです。 刺さるのは、「人間関係の正解が分からなくて立ち止まりがちな人」。物語としても重いですが、その重さの中に、自分や他人の“分からなさ”を抱えたまま生きていくための、現実的な感覚が残ります。
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