ヨムナビ
日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)

内山節

累計読者数9
平均ハイライト数 24.7件/人
推定読了時間 約3時間34分
star総合評価 60/100
start序盤集中型
check_circle推定完走率 19%

この本について

「最近なんとなく、生き方の基準が自分の中で迷子になる瞬間が増えてきたな」と感じることがあります。仕事でも生活でも、判断の軸がぶれるというか、自分の不安に振り回されてしまうというか。そんなときにこの本を読んでいると、いまの社会で当たり前だと思い込んでいた感覚が、じつは歴史的にはかなり特殊なんだと気づかされました。 たとえば、人が「客観的な世界」に生きているのではなく、「自分がとらえた世界」に生きているという指摘。これが妙に刺さりました。自分の不安が世界の見え方そのものを変えてしまう感じ、心当たりがありすぎました。また、自然と人間の関係を通して、昔の人は不安に対して別の構え方をしていたという話も印象的で、山菜が生えて森が戻っていく風景まで含めて、世界の捉え方そのものが循環していたんだなと実感しました。 この本が効いたのは、今の「自分の不安を自分ひとりで抱え込む」という前提を、そっと横からゆるめてくれたところです。生き物や土地との関係、修行のあり方、通過儀礼の意味など、どれも昔の話ではあるのに、読んでいると「いまの自分の感覚もこの流れの先にあるんだ」と思えてきます。視点が変わるだけで、焦りの質が少し変わるというか。 自分のモヤモヤの正体を、別の角度から静かに見直してみたい人に刺さる一冊だと思います。

この本に似ている本

すべて見る arrow_right_alt
書籍情報(出版社紹介・目次)expand_more

出版社による紹介

かつては、日本のキツネが暮らしている地域では、人がキツネにだまされたという話は日常のごくありふれたもののひとつだった。それも、そんなに昔の話ではない。キツネに悪さをされた。キツネに化かされた。そういった話は、いまから五十年くらい前の二十世紀半ばまでは、特にめずらしいものではなかった。...ところが一九六五年頃を境にして、日本の社会からキツネにだまされたという話が発生しなくなってしまうのである。一体どうして。本書の関心はここからはじまる。そのことをとおして、歴史学ではなく、歴史哲学とは何かを考えてみようというのが、本書の試みである。
library_books似た本をもっと見るmap書籍マップで探すroute読書パスガイドauto_awesomeAI診断で次の1冊を探す

読んだ内容を、もう忘れない。

BookNotion Zなら、Kindleのハイライトを自動で保存・整理。Notionにエクスポートして、いつでも振り返れます。

無料ではじめる

クレジットカード不要