
贈与の系譜学 (講談社選書メチエ)
湯浅博雄
講談社 / 2020-06-11
累計読者数3
平均ハイライト数 5件/人
推定読了時間 約3時間22分
star総合評価 34/100
boltライト読書型
check_circle推定完走率 10%
この本について
仕事でも人間関係でも、「義務だからやる」と「本心からそうしたい」のあいだにある微妙な違いに引っかかることがありませんか。頭では割り切れても、どこかで自分の行動が“交換条件の延長線上にあるだけなんじゃないか”とモヤッとするあの感じです。私もずっとこの感覚をうまく言語化できずにいました。 『贈与の系譜学』は、そのモヤモヤをいきなり解決してくれる本ではありません。ただ、「なぜ私たちは気づかないうちに交換の論理に乗ってしまうのか」「義務や善意の奥にはどんな時間の流れが潜んでいるのか」を、歴史や宗教、カント倫理学を手がかりにじっくり掘り下げてくれます。たとえば、義務に“従う”のではなく“発する”という区別は、日常の小さな判断にも静かに効いてきますし、贈与がいつのまにか期待や見返りの時間に取り込まれてしまう構造を知ると、自分の行動の奥にある癖が少し立体的に見えるようになります。 さらに、古代の祭りや農耕の話が出てくるのも意外と効きます。人間が何かを「自分の役に立つもの」へ変えていくとき、その対象だけでなく自分自身も変わってしまうという指摘は、仕事のスタイルや人との向き合い方にもそのまま重ねやすいです。 自分が何を大事にして行動しているのか、その根っこを静かに問い直したい人に刺さると思います。
analytics
読書インサイト
ハイライト密度
開始終了
多くの読者は第6章に最もインサイトを感じており、全ハイライトの40%が集中しています。
読書の順序
この本に似ている本
すべて見る arrow_right_alt書籍情報(出版社紹介・目次)expand_more
出版社による紹介
何かを贈ること、プレゼントすることは、日常誰もが行っている。本書は、この「贈与」という行為に注目し、それがどこから生まれ、どのような機能をもってきたのかを探り、いかに人間の本質と結びついているのかを明らかにする。 贈与の起源を遡れば、それは〈宗教的なもの〉の発生と不可分だと考えられる。みずから働いて産み出した富――遊牧民や牧畜民なら羊など、定住農耕民なら小麦や葡萄などを「犠牲(サクリファイス)」として神々や精霊に捧げること。そこには祝祭の空間が生まれ、やがてそれは共同体を支える制度となった。これは現在も「祭り」として目にすることができる。 一方で、贈与は他の人に何かをプレゼントすることとしても現れる。歴史を振り返ると、その源には窮境にある人に自分の富や財産を贈る行為がある。これは今も「寄付」などの行為に見られるものであり、美徳とみなされることが多い。 このように、太古の昔から現代に至るまで、人間は贈与という行為に価値を見出してきた。では、なぜ贈与には価値があるのかといえば、自分にとって大事なものを手放して与える行為だからである。ところが、誰にとっても最も大事なものとは何かといえば、自分に固有のもの、自分の唯一のものだが、それは手放してしまえば自分が自分でなくなるものであり、つまりは原理的に贈与できないものだと言わざるをえない。これを逆から見れば、贈与できるものとは「交換可能なもの」であることになる。それゆえ、いかなる贈与も時間が経つうちに「見返り」を暗に要請するものとなり、「交換」になってしまう。 だとすれば、純粋な贈与とは不可能なのか。不可能だとすれば、そもそも贈与という行為の価値そのものが揺らいでしまうのではないか――。 本書は、数々の定評ある著作をものしてきた著者が長年にわたって取り組んできたテーマを正面から取り上げた、「集大成」と呼ぶべき渾身の論考である。今失われつつある「思考すること」の真の姿が、ここにある。 [本書の内容] 第I章 古代思想における〈正しさ〉 第II章 初期キリスト教における〈正しさ〉 1 神との内的関係を重く見ること 2 カントの実践哲学 3 キリスト教に対するニーチェの評価と批判 第III章 原初の社会における贈与的ふるまい 1 〈贈与というかたちを取る〉物の交流・交易 2 贈与的なふるまいの両義性 3 贈与的次元を含む運動、それを打ち消す動き(再-自己所有) 第IV章 贈与をめぐる思索 1 贈与的ふるまい 2 贈与、サクリファイスと模擬性=反復性 3 苦難の時そのものが新たに、未知なるものとして生き変わること 4 不可能なものという試練
読んだ内容を、もう忘れない。
BookNotion Zなら、Kindleのハイライトを自動で保存・整理。Notionにエクスポートして、いつでも振り返れます。
無料ではじめる
クレジットカード不要




