ヨムナビ
オスマンvs.ヨーロッパ 〈トルコの脅威〉とは何だったのか (講談社学術文庫)

オスマンvs.ヨーロッパ 〈トルコの脅威〉とは何だったのか (講談社学術文庫)

新井政美

講談社 / 2021-03-11

累計読者数4
平均ハイライト数 6.8件/人
推定読了時間 約3時間34分
star総合評価 47/100
trending_up後半加速型
check_circle推定完走率 38%

この本について

歴史を読んでいると、「当時の人たちはなぜこんな認識をしていたのか」「どうして互いを脅威だと決めつけてしまったのか」とモヤモヤすることがあります。現代でも、相手を“理解不能な存在”として片づけてしまう瞬間ってありますよね。そんなときに、この本の抜粋がやたら刺さる人は多いと思います。 ヨーロッパが宗派内部でさえ殺し合いを繰り返していた時代に、多宗教・多言語の共生を成り立たせていたオスマン帝国。その姿が、むしろ「脅威」に見えた可能性。あるいは、十字軍が“異教徒の脅威”と戦ったのではなく、自分たちの持つ差別の伝統を隣国に投影しただけかもしれないという視点。こうした指摘は、歴史の善悪を単純化するよりも、「人は不安なとき、相手に自分の問題を映しがち」という、今にも通じる話として読めます。 さらに、デヴシルメのような制度も、残酷/寛容の二択では測れない複雑さを持っていて、「当事者は何を見ていたのか」という想像力を強く揺さぶってきます。自分が抱えている思い込みや、相手へのレッテル貼りにハッとする瞬間がいくつもありました。 歴史の“固定イメージ”に違和感がある人に刺さる一冊です。自分と世界の見え方が少しだけ解けていくような読書でした。

この本に似ている本

すべて見る arrow_right_alt
書籍情報(出版社紹介・目次)expand_more

出版社による紹介

オスマン帝国を通して読むと、世界史が違うすがたを見せ始める―― ヨーロッパが「トルコの脅威」と力説するオスマン帝国は、決して「トルコ人の国家」だったわけではない。「イスラムの脅威」に対し十字軍が何度も組織されたが、オスマン帝国にはキリスト教徒もたくさんいた。宗教的寛容性と強力な中央集権体制をもち世界帝国を目指す先進国へのおそれ、その関わりこそが、「ヨーロッパ」をつくり、近代化を促したのだ。数百年にわたる多宗教・多言語・多文化の共生の地が、民族・宗教紛争の舞台になるまで。 【目次】 プロローグ 「トルコ行進曲」の起源 第一章 オスマン帝国の起源 1 ユーラシア草原を西へ――トルコ系遊牧民の西漸 2 トルコ族のイスラム化とアナトリアのトルコ化 3 モンゴルの征西とオスマン朝の誕生 第二章 ヨーロッパが震えた日々――オスマン帝国の発展 1 オスマン朝の興隆――ムラト一世とバャズィト一世の時代 2 世界帝国への道――メフメット二世とコンスタンティノープル征服 3 ヨーロッパにとっての東方 第三章 近代ヨーロッパの形成とオスマン帝国 1 普遍帝国オスマン――「壮麗者」スレイマン一世とウィーン包囲 2 オスマン対ハプスブルク 3 近代ヨーロッパの成立とオスマン帝国 第四章 逆転――ヨーロッパの拡張とオスマン帝国 1 最初の暗雲――スレイマン一世の死 2 変化の兆し――一六世紀後半のヨーロッパ 3 変容する帝国――スレイマン一世移行のオスマン帝国 4 退潮の時代――第二次ウィーン包囲失敗 5 枠組みの転換――オスマン優位の終焉 エピローグ 「トルコ軍楽」の変容
library_books似た本をもっと見るmap書籍マップで探すroute読書パスガイドauto_awesomeAI診断で次の1冊を探す

読んだ内容を、もう忘れない。

BookNotion Zなら、Kindleのハイライトを自動で保存・整理。Notionにエクスポートして、いつでも振り返れます。

無料ではじめる

クレジットカード不要