
中井久夫 人と仕事
最相葉月
みすず書房 / 2023-08-03
この本について
日常の中で、人の悩みやしんどさに向き合う場面が続くと、「自分はどこまで関わっていいんだろう」「相手の世界をちゃんと見えているのか」と不安になることがあります。表面的な言葉だけでは届かない気がして、でも踏み込みすぎるのも怖い。そんなときに、中井久夫という精神科医の姿勢に触れると、少し呼吸が深くなるような感覚がありました。 中井が一貫して語るのは、人は誰でも「考え、考え続けている存在」で、患者と治療者は紙一重の位置にいるという視点です。相手は弱い存在として扱うべきではなく、むしろ「治療という大仕事」をしている最中の人として見ようとする。そのまなざしが、いじめの不可視化の話や、沈黙が熟すまで待つ姿勢、枠があることで内面が現れるという指摘にもつながっていて、「人を見るとはこういうことか」と腹に落ちる瞬間が多いです。こちらが身構えてしまう場面ほど、関与しながら観察するという中井の態度が効いてくる気がします。 もうひとつ印象に残ったのは、回復や記憶に関する考え方です。回復は発症の逆再生ではなく、まったく別の経路で進むという言葉は、誰かの変化を急かしたくなる気持ちをそっとほどいてくれます。フラッシュバックとパーソナル記憶を分けて考える発想や、「いつもと違うぞ」という感覚を日常の指標にする姿勢も、具体的で扱いやすい視点でした。過度に理想論を言わず、観察しうる現実から組み立てるところが、実務に近い安心感があります。 仕事柄、人の心の揺れや不調を避けられない人に刺さると思います。相手をどう支えるかだけでなく、自分もまた揺らぎの中にいる存在なんだと認めながら働きたいとき、この本は静かに寄り添ってくれます。
読書インサイト
ハイライト密度
多くの読者は第8章に最もインサイトを感じており、全ハイライトの26%が集中しています。
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