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他者といる技法 ――コミュニケーションの社会学 (ちくま学芸文庫)

他者といる技法 ――コミュニケーションの社会学 (ちくま学芸文庫)

奥村隆

筑摩書房 / 20240213

累計読者数11
平均ハイライト数 27.2件/人
推定読了時間 約5時間17分
star総合評価 74/100
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この本について

人と関わるとき、つい「ちゃんと理解しなきゃ」「わかり合えなきゃ」と思い込んで、自分のほうがしんどくなることってありますよね。相手の気持ちを読みすぎて動けなくなったり、逆に「いい人でいよう」とするあまり自分を締めつけてしまったり。頭ではほどほどでいいと分かっていても、距離の取り方がよくわからないまま日々が過ぎていく感じ、僕もずっと抱えていました。 『他者といる技法』は、そういう“優しさゆえの行き詰まり”に少しだけ風を通してくれる本でした。たとえば、理解しようとしすぎるほど共存が難しくなるという指摘や、「カワイソウ」というまなざしが相手を客体化してしまう仕組み、さらには自分の中の「優しくありたい」「ちゃんとしていたい」という欲望が、いつのまにか暴力的に働いてしまう可能性。どれも身に覚えがありすぎて、ちょっと背筋が伸びました。 この本は、悩みを一気に解決するタイプではありません。でも、理解を手放す場面があっていいとか、自分も相手も“主体のまま”関わるための別のやり方があるとか、そういう現実的な視点をくれるだけで、人間関係の力みが少し減ります。誰も完璧じゃない前提でどう共にいるかを考えたい人に、とても静かに効く一冊だと思います。

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書籍情報(出版社紹介・目次)expand_more

出版社による紹介

マナーやかげぐち等、他者といる際に用いる様々な技法。そのすばらしさと苦しみの両面を描く。「生きる道具」としての社会学への誘い。解説 三木那由他 === わたしたちが日々意識せずにおこなう「他者といる技法」。そのすばらしさや正しさだけでなく、苦しみや悪も含めて、できるかぎり透明に描くにはどうしたらよいか──。思いやりとかげぐち、親と子のコミュニケーション、「外国人」の語られ方、マナーを守ることといった様々な技法から浮かび上がるのは、〈承認と葛藤の体系としての社会〉と〈私〉との間の、複雑な相互関係だ。ときに危険で不気味な存在にもなる他者とともにいる、そうした社会と私自身を問いつづけるための、数々の道具を提供する書。 === ともにいることの苦しみと希望 「生きる道具」としての社会学へのいざない ===

目次

序 章 問いを始める地点への問い─ふたつの「社会学」 第1章 思いやりとかげぐちの体系としての社会─存在証明の形式社会学 第2章 「私」を破壊する「私」─R・D・レインをめぐる補論 第3章 外国人は「どのような人」なのか─異質性に対処する技法 第4章 リスペクタビリティの病─中間階級・きちんとすること・他者 第5章 非難の語彙、あるいは市民社会の境界─自己啓発セミナーにかんする雑誌記事の分析 第6章 理解の過少・理解の過剰─他者といる技法のために あとがき ちくま学芸文庫版あとがき 解説 理解できないあなたの隣にいるために(三木那由他)
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