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酔って候 (文春文庫)

酔って候 (文春文庫)

司馬遼太郎

文藝春秋 / 2003-10-10

累計読者数4
平均ハイライト数 2.5件/人
推定読了時間 約4時間6分
star総合評価 46/100
boltライト読書型
check_circle推定完走率 63%

この本について

最近、仕事でも私生活でも「正しさ」と「現実」のあいだで揺れることが多いなと思います。理想はあるのに動けないとか、逆に行動してみても手応えがないとか。そのモヤモヤに向き合っていると、結局のところ「人をどう動かすか」「状況をどう読むか」みたいな地味なテーマに戻ってくる気がします。 『酔って候』を読んでいると、幕末の藩主たちがまさにその狭間でもがいていたことがよく見えてきます。たとえば、容堂が必死に学問へ走る姿は、能力不足を努力で埋めるというより、自分の判断軸をつくるために必死だったんだろうなと感じます。また、吉田東洋の法治主義や、久光に“取り入る”ことを戦略として語る場面などは、きれいごとでは動かない現実への向き合い方そのものです。理想を保ちながらも、手段は柔らかく、でも芯は曲げない。そこに妙なリアリティがあります。 さらに面白いのは、議論ではなく「軍艦という現物で示す」という発想。価値観が噛み合わない相手に、言葉より成果物で語る。それって今の職場でも同じだと思うんですよね。説明のうまさより、見せられる形をつくる方が効く場面は多いはず。 歴史小説だけど、読むと不思議と自分の立ち回りを見直したくなる一冊でした。理想と現実のあいだでうまく呼吸したい人に刺さります。

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書籍情報(出版社紹介・目次)expand_more

出版社による紹介

幕末の混迷期、なすすべを知らない三百諸侯のなかで、自らの才質をたのみ、また世間の期待を集めた賢侯たちがいた。土佐の山内容堂、薩摩の島津久光、伊予宇和島の伊達宗城、肥前の鍋島閑叟。「藩主なるがゆえに歴史の風当りをもっともはげしく受け、それを受けることによって痛烈な喜劇を演じさせられた」(「あとがき」より)彼らを題材に、著者ならではの視点で幕末を探る短篇連作。
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