
原子力時代における哲学
國分功一郎
晶文社 / 20190925
累計読者数4
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推定読了時間 約6時間20分
star総合評価 62/100
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この本について
エネルギー政策とか技術の進歩って、日常ではあまり意識しないのに、ふとした瞬間に「本当にコントロールできているのか?」と不安になることがあります。議論が数字や制度の話に寄りすぎて、自分の足元の感覚が置いてけぼりになる感じもあります。考えたいのはそこじゃないのに、どこから向き合えばいいかわからないまま時間だけが過ぎていくような、あのモヤモヤです。 『原子力時代における哲学』は、そうした不安を「技術の問題」ではなく「人間の想像力や欲望の問題」として捉え直してくれます。たとえば、管理し続けなければ暴走する技術を前に、「管理できている」と思い込むのはなぜなのか。あるいは、道具によって真理が“民主化”されたことで、人間の能力への不信がどう生まれたのか。これらを歴史や哲学の文脈に置き直すことで、今の不安がただの感情ではなく、筋の通った反応だったことに気づけます。 読んでいると、原子力に限らず、自分がつい「コントロールできているつもり」で接しているものが、実際には扱い切れていないのではないか、という怖さと同時に少しの冷静さが生まれます。技術そのものを善悪で裁くのではなく、そこに潜む欲望や無自覚な前提を見せてくれるので、議論の入口が変わる感覚があります。 技術の話題になると「正しい答え」を急ぎたくなる人ほど刺さる本だと思います。
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出版社による紹介
3.11で原子力の平和利用神話は崩れた。人間の叡智は原子力に抗し得なかった。哲学もまた然り。しかし、哲学者でただ一人、原子力の本質的な危険性を早くから指摘していた人物がいる。それがマルティン・ハイデッガー。並み居る知識人たちが原子力の平和利用に傾いていくなかで、なぜハイデッガーだけが原子力の危険性を指摘できたのか。その洞察の秘密はどこにあったのか。ハイデッガーのテキスト「放下」を軸に、ハンナ・アレントからギリシア哲学まで、壮大なスケールで展開される、技術と自然をめぐる哲学講義録。3.11に対する哲学からの根源的な返答がここに。
目次
第一講 一九五〇年代の思想
1 原子力を考察した二人の思想家
2 核技術を巡る一九五〇年代の日本と世界の動き
3 ハイデッガーと一九五〇年代の思想
第二講 ハイデッガーの技術論
1 技術と自然
2 フュシスと哲学
第三講 『放下』を読む
1 「放下」
2 「放下の所在究明に向かって」
第四講 原子力信仰とナルシシズム
1 復習――ハイデッガー『放下』
2 贈与、外部、媒介
3 贈与を受けない生
4 結論に代えて
付録 ハイデッガーのいくつかの対話篇について──意志、放下、中動態
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