
ラピスラズリ (ちくま文庫)
山尾悠子
この本について
日々やることに追われていると、自分の感情の輪郭がぼやけてきて、「いまの自分って本当は何を感じているんだろう」と立ち止まりたくなることがあります。忙しさはごまかせても、ふとした瞬間に昔の匂いとか、誰かの声とか、触れたはずのない記憶がひょいと立ち上がってくるあの感じ、けっこうしんどいんですよね。 山尾悠子『ラピスラズリ』は、その“立ち上がってしまった記憶”に触れてしまう感覚を、そのまま紙の上に移したような本です。母の香水の気配が急に顔を覆ったり、煤けた駅舎の匂いが遠くからよみがえったり、雪を舌にのせる冷たさがやけに現実的だったり。読んでいると、こちらの内側に沈んでいた時間がゆっくり動き出すようなところがあって、忘れていたはずの「昔の自分」を拾わされる瞬間が何度もありました。嫌でも向き合わされるというより、静かに肩を叩かれるような距離感です。 物語のなかで〈冬〉が繰り返し語られるのも象徴的で、厳しさそのものというより、声が届かない世界にぽつんと取り残されるあの感じに近いと思います。孤独や違和感を抱えた登場人物たちが、それでもどこかで誰かの言葉に救われたり、知らない景色に一瞬だけ灯りを見るような場面があって、そこが妙に現実的なんです。読後に「いまの自分の世界だって、もう少しだけいとしいと思っていいのかもしれない」と思えるのは、この本の静かな力だと思っています。 現実と記憶の境目が曖昧なまま生きている気がする人に、とくに刺さる本です。
読書インサイト
ハイライト密度
多くの読者は第1章に最もインサイトを感じており、全ハイライトの38%が集中しています。
読書の順序
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