
残像に口紅を (中公文庫)
筒井康隆
中央公論新社 / 2022-07-20
この本について
ときどき、自分の中の「あたりまえ」がふいに揺らぐ瞬間ってありませんか。言葉が出てこないとか、いつもと同じ道なのにどこか違う感じがするとか。大したことじゃないはずなのに、妙に不安になるあの感覚です。 『残像に口紅を』を読んだとき、あの小さなズレの正体を見つめようとするときの心細さに寄り添われた気がしました。この物語では、主人公の世界から少しずつ“言葉”が消えていきます。冷菓の名前が言えないとか、教授の名前の音だけが抜け落ちるとか、ほんの些細な欠落がじわじわと日常を侵食していく。その描写が、読者の方が保存していた抜粋にも表れていて、言葉の不在がこんなにも生々しいのかと感じさせられました。 この本が効いてくるのは、まず「自分の世界の輪郭は、言葉でできているんだ」といやでも気づかされるところ。何かが“なくなる”瞬間って、実際はこんなふうに音もなく失われていくのかもしれない、と。もうひとつは、作者と登場人物が入り乱れる後半で、現実と虚構の境界がどれだけ曖昧なのかを突きつけられるところです。自分が立っている場所の確かさって、本当はそんなに堅牢じゃないんだなと静かに揺さぶられる感覚があります。 「日常のほころびから、自分の感覚をもう一度確かめたい人」にとても刺さる一冊だと思います。自分の中の“消えていくもの”に目を向けられる、少し不気味で、それ以上に優しい読書体験でした。
読書インサイト
ハイライト密度
多くの読者は第3章に最もインサイトを感じており、全ハイライトの17%が集中しています。
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